あのね!!!!清少納言と紫式部はあの時代顔も合わせたこともなければ、おなじ「宮中」にもいないんですよ!!!!!!!!!
お互いの痕跡だけを知っている状態で‼︎鮮烈に。
はじめてあいまみえるのが「カルデア」なんですよ!!!!!!!
— シン・ハルコ@ちゃんマス (@tamalovepoaro) 2020年02月10日
清少納言が定子さまの死によって宮中を退いたのちに、彰子さまの天下になったあと、紫式部がその物語の評価によって宮中に参内するんです。
— シン・ハルコ@ちゃんマス (@tamalovepoaro) 2020年02月10日
おなじ帝のキサキなので違う御殿同士で揃って競い合ったという感覚に陥りがちだけれど、おなじ宮中に女房としては居ないんですよ。
— シン・ハルコ@ちゃんマス (@tamalovepoaro) 2020年02月10日
おなじパリピ系の赤染衛門(彰子女房で著名な歌人)と交流があったとのことで、源氏物語や紫式部の存在はおそらく知っているのです。けれど黙して筆には載せなかった。
それはだれのために捧げたのか。— シン・ハルコ@ちゃんマス (@tamalovepoaro) 2020年02月10日
なぜ紫式部の源氏物語の評判が高まって彰子へ出仕することになったかは諸説あり。
•彰子がファンだった説
•定子を産褥死とはいえ逆境の末、死に追いやる結末となった彰子のもとに一条天皇が訪れなくなり定子の妹御匣殿を愛するようになる焦り。
•一条天皇は文芸、漢籍大好きのため通ってもらう口実— シン・ハルコ@ちゃんマス (@tamalovepoaro) 2020年02月10日
紫式部もとても愛し連れ添った夫と死に分かたれて、失意と悲しみの中から書き始めたとも言われる説があり。
— シン・ハルコ@ちゃんマス (@tamalovepoaro) 2020年02月10日
そうなんだよなあ>RT
昔、この二人をネタに話を書こうとして資料集めたときに知った事実。ネタはボツになりました。会ってすらないからね。あと生まれた時期も、紫ちゃんの方が年下ですよ。
(昔の資料だとだいぶ下だったけど今、検索で出る年代では4〜12ほど年下説らしい)— 茅 (@chigaya_towada) 2020年02月11日
カルデアで初対面とか生前どんな悪行したんだよ
— 後藤 (@l1u5sYgBwAtq2ST) 2020年02月11日
姫のためなら死ねるって百合漫画で、罵り合うふたりならみたなぁ。うん。
— かなで(出歩きたい引きこもり) (@kanashimacat) 2020年02月11日
知ったつもりだったけど、この2人の背景正しく知らなかったな>RT
定子、産褥死してるんだ。。。— しみや@5才♂+♂coming soon (@Shimiya______) 2020年02月11日
ツイッターの人は断定してるけど、宮中で仕事してた時期が違う、確実に会ったという記録が無いだけで、絶対に面識ないって証拠も無い二人なんだけどね。
生きてた時代まで違う訳じゃないし。
まして史実と微妙に違う設定盛る事も少なくない型月だし…